うたかた |
遥か昔。その片田舎の小さな中学校は、わずか一クラスしかない一学年に男子18人女子22人というとても小さなものだった。
そしてその学校は統合合併により廃校になった。
跡地には“ルイス・ティファニー美術館”なる巨大なイングリッシュガーデンを擁した“異邦人”がその周囲の平和な景色とは一線を画して建築されている。
当時そこは校庭越しに湖を望む事が出来る風光明媚な土地だった。
学び舎の窓から季節だの時間だの天気だのを一切合切湖に映し出し、その反射した“色の光”を眺める事が出来たのだ。
雨が降れば鼠色に。
夏の日差しはギラギラと。
初夏には霞で真っ白に。
夕焼けは七色に変化するんだ。
その変化を思い出せばきりがない。
何と行っても圧巻は低い雲間から差し込んだ陽の光が湖面を部分的に煌めかせる時だ。
少年はその瞬間がとても好きだった。
卒業を前にした子供達は誰彼とも無くその校庭を望む南斜面に集って春の柔らかな日差しの中でめいめいに思い出を確かめ合い、そして時が止まれば良いと心の中で願っていた。
誰かが言った。
「おれ、ここにはかえってこらんけん。」
みな、驚いた。美しい景色の中で軽いトランス状態に陥っていた時だけに。
意思を持つ事があたかも犯罪でもあるかのように皆一様に顔を曇らせた。
その街で何気なく暮らしていた少年も、同じく驚いてみせた。
“こんな田舎街なんて!”って心の中でつぶやいてたくせに。
彼の三つ違いの姉がこの春から東京の美大へ進学が決まっていた。
高円寺とかいうところにある(らしい)その学校は自由な校風で有名らしい。
高校の文芸部だった彼女のせいでその頃から読み物といえば近代小説。
今でも好きな三島は当時大部分を読破した記憶がある。
音楽と言えば一台しかない彼のステレオは彼女のかけるオスカーピーターソンやカウントベイシーで占領されていた。
そういえばこの二人のセッションアルバムは今でもそのリズムを口ずさめるくらいだ。
片田舎とはいえそれなりの情報は入ってくるもので案外捨てたもんじゃない。
だけど“生きた情報”は別世界のもの。
たとえばあなたが月を眺めるがごとく。
光は届けどもその実態は空想の域を逸脱できはしない。
少年はうららかな光の中でいつか自分も東京に出たいと決心していた。
その柔らかな、きらきらした光の中は少年にとって本当に幸せな場所であったにも関わらず。
その世界からの脱出は彼にとってのうたかたの人生の始まりになるというのに。